無情の雨に流れ去った凱旋パレード顛末記

平成22年3月
中村 一生


1 青天の霹靂

去る3月の中旬、富山県教育委員会スポーツ・保健課から思いもかけない依頼が来て、腰も抜かさんばかりの驚きとともに、極めて名誉なことと思い、承諾しました。

ご存知のように、今回のバンクーバーオリンピックにおいて、田畑真紀選手と穂積雅子選手は、スピードスケートのパシュート種目で銀メダルを獲得しました。両選手は富山市に住所を置き、富山市内の地質調査会社「ダイチ」に所属して競技活動をしております。日本の女子スピードスケート界では初の銀メダルであり、富山県選手としても、オリンピックのメダルは、男子体操の三栗選手がローマ大会、東京大会の連続金メダル獲得以来となる快挙であることから、富山県民栄誉賞を受賞することが決まり、25日に富山市内のホテルで贈呈式が実施されることになりました。

25日は、ホテルでの贈呈式に先立ち、正午から30分間、富山県民会館前からホテルまでの約600mの距離を、パトカーの先導で2台のオープンカーに分乗して、県警音楽隊のブラスバンド演奏とともに、凱旋パレードを行なうことも決まりました。しかし、県教育委員会と県体育協会の調べでは、富山県内にプロ野球の優勝や大相撲の優勝の際に使用される乗用車ベースのオープンカーがないことが分かり、急遽、ジープを愛用している自分に白羽の矢が立った模様。

たまたま富山県の教育長が金沢大学の同期で、又、スポーツ・保健課の課長は、かつて高校野球の監督をしており、その監督時代に、自分が高校生の筋力トレーニング指導を5年間にわたって担当したことから昵懇にしている間柄であって、自分が自衛隊仕様のジープを所有していることを覚えていたようです。ジープはオープンカーになるし、概ね、他の都道府県でも自衛隊のジープでパレードが実施されている事例があることを踏まえての依頼のようです。

正直言って、天地がひっくり返るほど驚きましたが、オリンピックのメダリストを自分のジープに乗せてパレードをすることは、これからの生涯絶対にありえないことであり、このような機会を見逃してはならぬと、喜んで引き受けることにしました。2名の選手が分乗するためのジープが2台いるということで、早速、県内にいるMVMC(ミリタリー・ビークルズ・ミーティング・クラブ)に所属する友人にも連絡し、2人で左ハンドルジープの運転手として協力することにしました。もちろん、会社は正々堂々と休みます。

2 仮ナンバー
ところで、自分のジープは車検が切れたまま8ヶ月が経過しており、このままでは、情けないことにパレードに参加できません。車検を受ければ済む話ですが、事はそう簡単にはいかない事情があります。我が家には、自分のアイデンティティーとなる自衛隊仕様の左ハンドルジープ(毎年車検)と、このジープで牽引する軍用トレーラー(毎年車検)の他に、亭主専用の通勤パジェロ(毎年車検)と女房専用のテリオス(2年車検)があります。退職した身としては、これらの4台の車両をやりくりして、できるだけ家計と小遣いに負担のかからないサイクルを考えながら車検を受けているという緊迫した状況の中、昨年、思いもかけず、平成6年式のフルオープンジムニー30F「雨蛙号」がラインナップに加わったために、車検時期とサイクルの見直しを迫られ、今回、ジープとトレーラーの車検を見合わせていたもので、今年の車検は7月下旬の予定。

さて、どうするか。車検のない車両を移動するための手段として、役所で「仮ナンバー」の交付申請手続きをするという方法があります。交付条件は、自賠責保険に加入することと、目的を明示することです。目的は、自宅から整備工場や車検場へ車検を受けに行くことやオークションに出して販売することなど、割に厳しく限定されています。運転手以外の人や荷物を載せたり、パレードのために公道を走る場合は認められません。

今回のパレードは市道の特定区間を完全閉鎖して行うので、警察も公道ではないという見解を出しています。従って、公道ではないので無車検でも構いませんが、パトカーの先導する中で大切なメダリストを乗せて万一のことがあってはいけないことと、パレード会場までの往復は一般道を走行するので、やはり、まじめな県民としては適法に仮ナンバー申請をしようと思い、市役所へ出かけました。

しかし、申請書の記入欄に「パレード」という項目はありません。「その他」の欄があります。どうしようか一瞬考えます。大々的にテレビ報道や新聞報道され、ジープがはっきり写るだろうことを思うと、いい加減なことも書けず、正直に「パレード」と書きました。係の職員が怪訝そうに聞きます。「パレードとは何か」
「かくかくしかじかのパレードに使用するために、富山市へ移動します」
「陸運局に確認します」
確認の結果、「直接的に禁止する記載はないが、公道を使用するパレード会場への移動は付随的な運行であり、消極に解する」との返事。言い回しが難しい。要するに、不許可。なんだか釈然とせず、いろいろと質問したい点がありましたが、頑迷そうな役人を相手に言い争っても時間の無駄と思い、仮ナンバーの交付はあきらめることにしました。結局、仲間が所有している車検つきの2台のジープに登場してもらうこととし、自分のジープでパレードに参加するという晴れがましい姿は実現しないことになりました。

3 幻の凱旋パレード
当日は、いささか興奮気味なのと、天候が心配なのと、それなりの準備をしなければとの思いから、いつになく早起きしてしまいました。 前日の24日から、富山県では田畑選手と穂積選手が帰県した、25日は県民栄誉賞の贈呈式があり、会場まで凱旋パレードを行なうというニュースが流れ、当日の朝刊も一面で取り上げています。


ところが、気になる天気は予報どおりで、朝から無常にも雨。止みそうもない暗い空模様。寒い日になりそうですが、パレードは雨天決行という前提で、県庁で待機しろとのことです。少し早いけれど、朝8時半、ジープ仲間とともに、凱旋パレードが行なわれる富山市へ出発します。尚、服装は背広にネクタイという依頼ですが、とんでもない話です。軍用のポンチョや防寒コートを着るなど雨対策をしなければと考え、ミリタリーマニアらしくそれなりの準備をします。風邪は引きたくありませんから。

このパレードは県内レベルのニュースかと思っていたら、県の教育委員会から連絡があり、全国ニュースで放映されるようです。冬季オリンピックの選手が街頭パレードをすることは、全国的にも今回が初めてのことでビッグニュースになります。雨天決行なら、ずぶ濡れのパレードになりそうですが、県外にいる息子達にはもちろん、全国の主なジープ仲間やパワーの関係者に連絡済み。富山県庁へ向かいながら、一瞬でも晴れてくれることを願います。

9時半には県庁に到着。公用車用のガレージの中に2台のジープを移動し、幌を取り外し、フロントウインドを倒してフルオープンにし、更に、少しでもムードを盛り上げるために、県の職員の手でささやかな花飾りがジープの周りに取り付けられます。せめて小雨になってくれることを願って空を見上げ、柄にもなく天に向かって祈りを捧げます。しかし、無情の雨はまじめに降り続き、少しも弱まる気配はなし。気温は5度。足元から冷えてきます。我々ドライバー役は、上着にネクタイ姿に着替えます。降り止まぬ雨と寒さに備えて持参した軍用の防寒コートを着ようと思いますが、県の職員の顔は困りますという表情。しかたなく、当たり前の雨合羽を重ね着して、準備OK。二人で出番を待ちます。ガレージの中で吐く息が白く、体が冷えます。

11時半、いよいよ出番が近づきます。携帯電話が鳴りました。県の職員からです。凱旋パレードはするが、オープンカーでのパレードは中止という内容。誰の決断か知りませんが、雪の日でもオープンで走るマニアとしては、待っていた甲斐がありません。がっくりです。本当に力が抜けました。ひょっとしたら、パレードに参加する警察音楽隊の管楽器が濡れるのを避ける配慮ではないかと、想像します。

予定では、自分が運転するジープに田畑選手が乗り、仲間のジープには穂積選手が乗るはずでした。腰高のジープに乗り込む際、紳士らしく手を差し伸べて、荷台に立つ場合の注意を伝えるなどの会話ができると期待していたのに、誠に残念至極。子々孫々の語り草になる一世一代の機会を逃したと思うと、悔しくて仕方がありません。泣く泣くジープの飾り付けをむしり取り、幌の付け直し作業。そこへ、写真を撮りに来ていた友人から電話がかかってきました。
「おい、中村さん。ジープが出てこないのはなぜだい。選手は歩いているぜ。雨に備えて役人が用意した乗用車に乗るのを断ったようだ。傘を差して歩くくらいなら、ジープに乗ってもらいたかった。選手を見ようと歩道から人があふれて混乱状態だ。交通整理ができないと、関係者が困っているようだ」という内容。
歩くか、ジープに乗るかは、選手に選んでもらえばよかったのにと、二人でぼやきます。しかし、全ては後の祭り。ガレージの中で元の姿に戻ったジープを眺め、晴れ舞台のはずが、幻のパレードとなってしまったと、出るのは白いため息ばかり。
日の目を見なかった無念のジープの写真を撮りました。見てください。

以上